どうもこんにちは、丈瑠(たける)です。
今回は、僕のこれまでについて、要点をしぼって語ります。
なぜ今こうやって発信しているのかが何となく分かるかもしれません。
自己紹介…みたいなものとして、読んでもらえたら嬉しいです!
詳しい過去に関しては、電子書籍に綴って出版しました!
大きな転機
僕は小さい頃から、
「優しい」「おとなしい」「賢い」と言われて育ってきました。
幼稚園の頃のことなどはnoteに書いてあるので、気になる方は上のボタンからお願いします。
さて、最初の大きな転機は小学校3年生の時。
引っ越しをして、3年生からは別の小学校に転校しました。
そこで出会った担任の先生。
言葉によるパワハラです。小3の僕にとっては苦痛でしかありませんでした。
教壇の前に呼び出され理不尽に怒られたり…
それが重なり、不登校に。
毎朝泣きながら訴えるも、なかなか親に許されず、休めない日も多かった。
それでも外では涙を出したくなかったから、玄関の扉を開けたら、別人を装いながら生活する日々でした。
給食に関してもトラウマを植え付けられ、食べることに関してとても怖くなった。
母は担任に電話をしてくれたが
担任自身が原因だと思っていなかったみたいだ。
そんなストレスフルな毎日を過ごしていると、お腹を下す日が増えた。
日曜の夜、平日の朝、学校…耐えられない日もあった。
そこでIBS(過敏性腸症候群)を発症。朝は冷や汗をかきながらトイレにこもる日が多かった。
小学校では他にもいろんなことがあったが、とにかく苦痛だった。
強迫観念と勉強
中学生になる僕は、「学校が嫌だ」という感覚を鈍らせた。
入学式が終わるまでは。
しかし耐えきれなかった。いや、でも我慢するしかなかった。
勉強で置いていかれたら困るから。(後に理由を記します)
そして小学校の頃の体験から、「怒られる」ことに対する恐怖が尋常じゃなかった。
毎晩、教科書の忘れ物チェックに2時間もかける。忘れたら、また小3のときのようになってしまう。
通学リュックの中の写真を撮り、寝る直前まで布団の中でチェックするほどだった。
翌朝も忘れ物チェックに時間を費やす。きっとそのほうが「学校が嫌」という感情を忘れられるからだろう。
春、部活動を決める時期に家族会議があった。
当然だ。学校が嫌なのに、部活にまで入らされたらメンタルが終わる。
でも、親は許さなかった。
今だから言える。半分あっているが半分間違っている。
皆が皆「部活」で経験を得る必要があるのだろうか。
人それぞれ違った「性格」「個性」がある。
それを親が固めて、その子の可能性を狭めるのが果たして正しいのか。本人が嫌々頑張ることで得るものだけが将来役に立つのだろうか。
僕は一概にそうとは言えない。
でも、この親の発言に僕は感謝しています。
同じように苦しむ子たちの気持ちがよくよく理解できるようになったから。
身を持って感じたから。
さて、部活のお話ですが、
という残酷な結果になった。
僕は翌日から、勉強に本気になった。
大嫌いな勉強だけど、死ぬ気でやらなきゃ部活が待っている。
やるしかなかった。
そのおかげで成績はかなり上位だった。
しかし、「セーフ」「セーフ」だったテストが、
「90点超えなかった、残念」という感覚になっていった。
とにかく大きなプレッシャー。
家族からも近所の人からも、親戚からも。
好成績を維持しなければ。期待に応えなければ。
中3の頃には
「100点取れなかった!惜しい悔しい」
感覚がおかしかった。
でも、やるしかなかったんだ。
「体育以外5」という成績は維持しなければいけない。
そんな使命感に駆られていた。
高校生で人生が大きく変わる
勉強
好成績だった僕は、親や3年に入塾した塾からもレベルの高い学校を勧められた。
本当はどこにも行きたくない。でも行くとしたら普通のレベル。しかし塾の先生に笑われてしまった。
最終的に出した結論は
「進学校の特進コースに入学する」
もう、分からなかった。でも、雰囲気が好きな高校だし頑張ってみようと思った。
無事合格したのだが、入学までの課題の量がすごい。
これ…大丈夫か?と思いつつ、何とか終わらせて入学式の日を迎えた。
帰りに泣いた。わけが分からない。
そこから勉強漬けの日々が始まる。
周りの友達はとても賢く効率もいい。僕は不器用で効率が悪い。
ひたすら問題を解きまくるしかなかった。
深夜は3時まで勉強、リビングで仮眠をとって勉強して学校へ行く日も少なくなかった。
いい大学に行きたいわけでもないのに国公立を目指すことが決まったり、もう自分軸なんてものは皆無だった。
夏休みが終わるまでは成績も問題なく、クラストップ。偏差値は68ほど。
高いのか低いのかなんて分からない。
その成績がプレッシャーに変わり、僕はスランプに陥った。朝のテストで「始め!」と言われた瞬間、頭の中が真っ白になって問題が解けなかったり。
なんとかスランプは乗り切ったが、二学期の学期末テストの勉強をしようと思った時。
ペンが動かない。身体が固まる。涙が勝手に溢れてくる。
ノートに問題文を書こうとしているのに、手が動かない。
そして僕は、人生で初めてテストを放棄した。
先生は
と軽い返しをしてくれた。
うつ病
そこで僕は初めての精神科へ。うつ病であることがわかった。
毎日消えたくなるし、ご飯も砂利のようだし、趣味でさえ楽しく感じなかった。
そこで薬を増やしてもらうと次はハイテンションに。
ずっとハイでいろんな人に迷惑をかける。
とにかく行動できるから、映像が大好きな僕はYouTubeに動画投稿を始める。
しかし、学校へ行こうとすると過呼吸を起こす。
保健室登校が多かったが、基本1,2限に早退だ。
そして単位が足りなくて留年が確定する。
悩みに悩んだ末に、僕は
通信制高校(単位制)へ転学することを決めた。
そこでは自分らしくいられ、これまでの学校の概念が大きく変わった気がする。
さて、高2の秋、ハイテンション(躁状態)とうつ状態を繰り返す、「双極性障害(躁うつ病)」の診断が下された。
自ら命を絶とうとしたことも何度かあった。手首を切ることもたくさんあった。
でも、僕は生きていた。きっと、ここで死んだらダメなんだ。
別の病気とDr.ストップ
そして高3になった。
記憶が曖昧になったり、ぼーっとしたり、道で倒れたりすることが頻繁になる。更にフラッシュバックで過去のつらかったことが蘇る。
新たに「解離性障害」と「PTSD」の診断がくだされた。
解離性障害についてはまだちゃんと解明されていないため、特攻で効く薬もないのだという。
本来通う予定だった専門学校への入学はDr.ストップがかかり、春からはいわゆるニート状態に。
不思議な感覚だった。
あ、自分ニートなんだ。って。
みんなは大学生だけど、自分はニート、たまにクラウドソーシングで映像の仕事。
そんな毎日で苦痛だった。
知り合いに
でもすこしずつ、学校に対する考えは少しゆるくなった気がする。
別にいいか!って。
…自宅療養だけじゃダメだと思った。許せなかった。
そう思い、翌年から週に2回通うだけでいい映像の学校で映像を半年学ぶ。本当に温かい半年間だった。
倒れたりして迷惑もかけたが、とても充実した時間を過ごさせてもらった。
そしてYouTubeも収益化できるようになり、少し波に乗り始める。
そして今
メンタルケア心理士の資格の勉強やYouTube、ちょっとしたお仕事をやっていくうちに20歳。そして気づいたら21歳も近い。
自分の病気についてもわかってきたし、自分で自分の勉強をしてます(笑)
このブログも(しばらく休みましたが)、同じように苦しむ人の役に立ちたいと思って始めたし、
4年間続けているYouTubeも更に発展させていきたい。
主治医と話しているのは、過去を綴っていくこと。
冒頭にお話したnoteですね。少しずつ、人生を綴っていきます。
そしてやっぱり自分は発信がしたい。そう思って、ブログ・これまでやってきたYouTubeだけでなく、
「こころ」がテーマのYouTubeも始めよう!
と決意しました。精神疾患のことだけでなく、「どうやったら生きやすいか」「この考え方いいよ!」「学校のことで苦しむ子に伝えたいこと」なども発信していこうと思っています。
チャンネル名は、このブログと同じ
「よつばLIFE」です。
みなさんの心に小さくてもいい。ちょっとした幸せのタネがまかれるひとつのきっかけになりたい!と思う内容をお届けしたい。そういった意味で幸せの「よつば」を名前にいれたわけです。
精神疾患は持っていますが、少しでも楽しく生きられるように日々模索しています。
そんな日々の中で見つけたことをたくさん共有していけたらいいなと思っています!
いろいろ苦痛を経験しているからこそ、伝えられることはあるはず。
これは決していろんな経験をした自分を誇っているわけではなく、気持ちが痛いほど分かるから発信したいんです。
苦しむ人を勇気づけたい。
ひとりでもいい。なにかココロに留まるものがあればいいな。そう思っています。
さて、下に僕が活動している媒体のURLを貼り付けておきます!
もしよければフォローやチャンネル登録で応援してくださると嬉しいです…!
病状によっては更新できないときもあるかと思いますが、よろしくお願いします。
最後まで読んでくださりありがとうございました^^
丈瑠(@clovers_life)
*YouTube*
■たけぷらす。
ガジェット系…iPhoneの使い方の解説、アプリ紹介、商品紹介などをしています
■よつばLIFE
こころ系…精神疾患や生き方など、こころに関する事を発信していきます
*note*
ブログには書いていない、ちょっとしたことを書く予定です
*Twitter*
ちょっとしたことなど、こころについて呟きます