こころの病気と付き合う僕




ちょっとした自叙伝になります。よかったら読んでくださいね。

逆に不快な思いをさせてしまうかもしれません。怖いな、と感じたらブラウザバックしてくださいね!

病気になるまで

病気発症前のことはこちらに書いておりますので、よければ合わせてご覧ください。

幼少期からのことを記してあります。
解離が落ち着いてもう少し思い出せるようになったら、また後日追記します。

うつ発症

勉強で追い込まれ、心身ともにボロボロになった僕は、勉強ができなくなり…
こりゃいかん、ということで初の精神科へ。小さな診療所です。

そこで「うつ病」と分かりました。(正式な診断はのちの病院で)。

 

ご飯を食べても砂利のような食感や味がする。

好きなゲームも何が楽しいのか分からない。

教科書を見ると吐き気がする。

夜が眠れない。オールする日々。

薬漬けの日々。

希望の光なんてこれっぽっちもなかった。

 

うつだけならまだよかった。
パニック障害も併発。
その他のIBS恐怖症も悪化。

パニックに関しては、過呼吸を起こしながらダンボールをビリビリに破いたり…
けいれんのような症状がでたり。(詳しくは後述します)

家族の中では「しんどい」が禁句になりました。

これが僕のこころを更に閉ざすことになった要因です。

しにたくなることも多く。でも自分でケーブルを足にぐるぐると巻き、なんとしてでも防ぎました。

親戚との関係

こうやって苦しむ日々でしたが、ある日突然電話が。親戚でした。

親戚
最近どうなん?ちょっと気になってさ
たける
いや…実はうつになってん

 

親戚
そうやったんか…!なんかたけるのことが頭に浮かんでさ…すごいわ…

最近絡みがほとんどなかった親戚から突然心配の電話です。怖い。なぜわかったのか…

そして気晴らしに…みたいな感じで家に招かれました。ちょうどこの頃、両親の関係が悪くて家にいることが苦しかったこともあって。

親戚の家は高級マンションの高層階で、見晴らしもよく、空気もきれいで最高でした。
ご飯も質素とは言いつつも美味しいし、ずっと居たいな…って思うほど。

頻繁に通うようになり…
今の家事情のこともたくさん打ち明けました。
そうしていくうちに、どんどん家族が嫌になってきて…
大晦日、親戚らと共に自宅へ。

 

親戚
たけるをどうするつもりやねん!俺が引き取ればいいんか!?なんでちゃんと育てへんの!?

 

…私なりに頑張ってるつもりやねん…!!それを否定されたら…

 

母は泣いていました。そりゃ泣きますよ。だって全否定でしたから。
でも当時僕は親戚の意見が正しいと思っていた。

そして

親戚
俺が面倒見るから

母はお金を渡しました。そういう空気だった。

今思うと、何でこんな目に遭わせたんだろう…お母さん…ごめんなさい。

 

それから

親戚の家に行くのが楽しみで…

でもある日誘われたんです。

 

親戚
お寺一緒に行かへん?もしかしたら病気も良くなるかもしれんし

お寺?なんだろう。祈願するのかな?少し疑いましたが、親戚の言うことなので大丈夫だ!と思って、不安を抱きつつも向かいました。

たける
ん?お寺…ん?

そこは思っていた景色とは違った。大きな建物があって、たくさんの部屋とロビー。
建物に入るときに、

親戚
このお袈裟(けさ)を首からかけてや

なんか違う。でもとりあえず従った。そしてついていく。部屋に入る。

 

そこには数珠を手に正座している人がたくさん。

 

たける
お寺…ってことはここでお経を唱えて身を清めるのかな?

と思い、とりあえず正座。親戚から数珠も渡されました。

その後、部屋の一番前にあった液晶に、美しい着物を着たご年配の女性が映し出されました。

するとその場にいた全員が座りながら頭を下げる。

チーン…という音と共に

皆がお経を唱えはじめました。

 

たける
なにこれ、聞いたことない…どうしたらええの…?
親戚
とりあえず聞いておくだけでも大丈夫、それだけでも清められるから

うーん、分からない。。けど聞いた。長かった。15分以上唱えてた。

ようやく終わった、と思ったら、次にまた液晶に知らない女性が映りました。

自分の経験、そしてここのおかげで救われたのです…と。

それを聴いて多くの人が涙。

たける
確かにいい話やけど…なんか怖いぞ?

とりあえず、その部屋でのことは終わりました。

すると次は別の階の部屋へ…中を見ると、円状に並んだ人々が。

親戚
ここで霊能者さんに自分の課題を教えてもらって、それを常に意識しながら清い人になっていくんやで

、?えちょっとまって、お寺でここまでするん?え?
…でもとりあえず教わることに。

霊能者さん
なるほど…過去に交通事故で亡くなられたご親戚はおられますか?あなたも気をつけたほうが良いと仰っています。そうですね…うんうん。日々何事にも感謝し、今日も1日ありがとうございましたと心の中で唱えて…そうすれば変わってきますよ。あなたはたくさん頑張ってきました。これからもご先祖様は見守ってくれます。少しずつ自分を磨いていきましょうね!以上です
たける
分かりました。ありがとうございました…!

頑張ってきたこと、ご先祖さまは気づいてくれていたんだ…
これからも感謝していけば道がひらけていくんだ…

そう思いました。その時は。

今考えたら、「誰にでも言えること」なんじゃないか?と。

 

分かった。これは新興宗教なんだ。教祖様を崇め、たくさんの良い行いを日々繰り返し、霊能者さんから教えられたことを実践し、しっかりとした清まった人間になるんだ。と思う場所なんだ、って。
でも初めてだから…どうしたらいいの?

その日から、毎朝晩に家で同じようにお経を唱え、線香を立て、教祖様へ
「いつもありがとうございます。今後も見守ってください。」
って伝えるんだよ、と親戚から言われました。

“そうしていくうちに病気も良くなるよ、きっと。”

この言葉を信じていました。信じ続けていました。
何も分からないうつの世界を抜け出す方法だなんて分からないよ。

だから、信じるしかなかった。信頼できる親戚が言うことなんだから。

 

親戚
俺の家にいてるほうが早く治るんとちゃうかな?

きっとそうだ。間違いない。あんな自宅にいてもしんどいままだ。と思いつつも…

学校

そろそろ学校に行かなければ
僕は身を削る覚悟で通いました。
さすがに毎日は無理。親戚の家から通うことも提案されましたが、さすがに交通費もかかるし…

でも、ここで一つの出逢い
i先生。先生もうつ病経験者で、気持ちがよく分かる…と共感してもらえました。
これがとても嬉しかった。だって今まで、自分の気持ちに気づいてくれる人はいなかったから。

そして病気になった一番の原因である数学だけは…でたくないけど、授業中に頓服を飲み、過呼吸を起こしながら受けました。過呼吸よりも勉強。そんな先生だったので「大丈夫か?」の一言もなく授業を進める。

今思うとなぜここまでやったんだろうと思います。
だって単位は余裕で足りていたから。発症以前に頑張りすぎていたから。

霊(1)

霊?

ある日、親戚が言いました。

親戚
たける…霊が取り憑いてる

…え?…え?動揺を隠せません。やつが悪さをしているみたい。

親戚
俺合気道やってるから、邪気を取り除けるかもしれん

と言われ、背を向けます。後ろから手をかざし…すると温かくなってくるんです。
身体が軽くなるんです。

実際に取り憑いていたんだ。この時に強く思いました。

別の日、親戚に自宅まで送ってもらっている最中。

トンネルの中で急に息苦しくなることがあり、そのことを隣の親戚に伝えると、

親戚
お前…もしかして霊感あるんとちゃう??

そこで近くにある、霊が集いやすいと呼ばれる場所へ。「霊を感じたら言って、感じなくなったら言って」を繰り返すことに。

すると…

親戚
やっぱりか…俺と同じやん…お前すごいな!!こんな短期間でここまで感じられるなんて…

ついに霊感まで得られたそうです。でも僕は怖かった。未知の世界をいきなり知って…訳が分からない。

でも親戚が

親戚
うわぁ…ここやばいな

と言うと、僕の首も締められている感覚になります。苦しい。息がしづらい。

親戚
お前んちの周りエグいな…ここからここまでのラインがあるんわかる?

そうなんです。僕の自宅が面する道路で首が締まるゾーン締まらないゾーンがあるんです。
それが親戚の言っている所と完全に一致する。

“親戚が言ったところ”が一致するんです。

そう、これは一種の「洗脳」です。

しかしこの程度では終わらないのです…

入院

自宅にいるときは親戚から電話がかかってきます。
毎日30分くらい話してます。

常に親戚と共にいる感覚でした。
それが安心につながっていたのです。

それでも近くの診療所には通い続けます。薬もどんどん増える。
とある薬は、ほぼMAX量まで処方され、完全に躁転
安定のジプレキサで55kg→65kgへ。3日でこんなに変わりました。驚き。
でも躁だからなにも感じていません。

親戚の家に泊まり、帰り…すると

親戚
あかん、家に溜まっとる!!この量はエグい!!

霊が大量に僕の家に溜まっているというのです。

これはダメだ、ということで父の車で逃げる。市内中心部へ。
僕が得たらしい霊感で、首が締まるか締まらないか、その感覚で泊まれるホテルを探しました。
4軒目でようやく「ここなら…」というところを発見。

急遽そこに泊まることに。父は自宅とホテルを行ったり来たり。本当に迷惑をかけました。
その翌朝、もうメンタルが狂い始めたということで診療所へ。

霊に取り憑かれる、気分の波も異常だということを主治医に伝えました。

そこで入院する計画が浮上。
このままじゃ改善する余地がないということで。

しかし、通っていた診療所には入院施設がなく…別の病院を探すことになります。
それが今も通っている病院になるわけです。

ここで今の主治医と出逢いました。この出逢いが僕を大きく変えることに…

さっそく入院なわけですが、すべて閉鎖病棟になります。

携帯電話の持ち込みはもちろんダメ。
僕にとってはかなりしんどい。

他にも持ち込み制限がありすぎて困りました。

入院前夜には家で泣きました…

そして病室へ。

たける
よし、退院したら元気な顔見せるぞ…!

そう思い、とりあえずゴロゴロ。集団での行動は昔から苦手だったので、基本イヤホン。

患者さんが集まってご飯を食べるのはしんどかったなぁ。

そして夜を迎えました。シーンと静まり返ったフロア。

閉鎖された、逃げ出せない空間。

 

パニック発作を起こしてしましました。過去最大級の。

泣き叫んで過呼吸になってけいれん起こして。

たける
うぅ迷惑かけてごめんなさいい!!!ほんまにごめんなさいぃ!!うぅ
当直のDr.
大丈夫よ、うーん、心配やから個室に行こか。看護師さんがずっと見てくれはるから。安心やと思うよ

そして連れていかれ…ん、なんか違うところ来たぞ…?

そうです。ここは隔離室でした。

ズボンの紐を抜かれ、何もかも奪われ、紙コップとボトルに入った水だけ置かれ、

「何かあったらカメラに向かって手を振ってね」

と看護師さんに言われ…二重の扉が閉められました。

「個室」と聞いて安心していたのに、「隔離室」だなんて聞いてません。

たまに隣の部屋から「うぉぅぉ…」という声が聞こえたり…

眠れるはずもありません。その日はオールしました。無理です。

その部屋は、自分で流せないトイレベッドがあるだけ。その他は何もなく、殺風景。牢獄のようです。

翌朝、看護師さんが朝食を持ってきてくれました。その時にいろいろ話を聞いてくれて…

たける
本とか…持ち込んだらダメですか…?
看護師さん
うーん、主治医の先生に聞かな分からへんけど、いいかな!寂しいもんね

と。なぜかOKくれました。あとで確認するね、ということで。

そして早く抜け出したいことも主治医に伝えておくよ、と。

初めて会ったのに、こんな気の狂った患者なのに、優しく接してくださいました。本当にありがたかった。

お昼前、主治医が診察にきてくれました。

主治医
どうや、たけるくん、大丈夫か??
たける
もう退院したいです…寝られません…きつすぎます…

はい。一泊二日の入院生活が終わりました。
完全な準備をして臨んだのですが、まさかの1日で帰宅。

いやぁ…申し訳ない。なんの旅行やねん、と。

その入院中にも親戚から電話がかかってきていて、心配していたようです。
親のところにも電話があったそうで。

躁(1)

YouTube

この頃から、突然YouTubeに動画を投稿するようになりました。

ミラーレス一眼を突然買ったり…

初投稿は緊張しましたが、躁だったのでばんばん毎日投稿したり。
今観たら「なんでこんなの上げてるん…」と思うものばかりです。

でも中学の頃から「映像」「デザイン」には興味があったので、これでよかったのかな、とは思います。

東京

なんとね、一人で東京へ行きました。観光+ネットの友人と会うため+前述した新興宗教のお祈り が目的。

パニックも持っているのに、そんなこと考えていませんでしたね…
始発の新幹線に乗ってびゅーん、って。笑

親もよく交通費だしたな…というよりよく送り出したな…って。
また迷惑かけちゃってますね。

早朝散歩

僕の生活は

0時就寝→3時起床→動画編集→散歩→日常

のような感じでした。アホでしょ…?笑
今思うと何でこんなことできたんだろう…って。

毎朝のように散歩して新鮮な空気を吸って。とても気持ちよかったんです。
時には躁で買った一眼で写真を撮りながら散歩したり、ジョギングしたり。
薄暗い時に家を出て、朝日を見るのも楽しみだったなぁ…

爆買い

YouTubeで商品レビュー動画を投稿するためにいろんなものを買いました。
貯金がどんどんなくなっていく…そんなことは何も考えずに買っていましたね。
タブレットとか。
細々と高いものを買ってしまいました。

学校

前述したi先生と単位を取るために「いつどの日に何時間出ればいいか」というのをスケジュールを見ながら決めていました。最低限の単位を取るために。でも現実はそんなに甘くなかった。

教室に入るだけで気分が悪くなり、保健室登校がほとんど。
ほぼそんな感じで、早退する日も多くなりました。

とある日、早退して駅で電車を待っていました。

あれ?電車は?

なんと気づいたら1時間経っていたのです。
ずっとホームの端っこに座り込んでいた。この症状も後に新たな障害と分かります。(次の記事で後述します)

そして…秋に学園祭があるのですが、僕たちのクラスは、劇とダンスをすることになりました。

それなのですが…躁!!!!な僕はいち早く、台本書いてみたり、Tシャツのデザイン考えてみたり…
もちろん採用されよう!などといった気持ちはなかったのですが、どんどん進んでいきました。

完成しまして、それを親友(同じクラス)に見せたんです。

するとですね、担任にも見せちゃったらしく…

クラスのみんなにも伝わったそうで。僕ひとりで決めるわけじゃないのに。
なぜか僕が勝手に決めたみたいになってる…

勝手に書いたのは僕。それは事実です。
でもそれが採用されたらいいな、なんて思っていませんでした。

今でもこれは反省しております…

やはり躁は怖い!!!!!

でもまだ分かっていなかったんですね…ひえぇ。。。

続きます!




複雑な人生経験
Takeru history

僕の怒涛の人生?を綴ります。これを見てくださった方に「ひとりじゃないんだよ」ということを伝えられたら嬉しいです。







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